石叫■          「何よりも大切なこと」

「ゆとりある生活」(大槻彰子著・祥伝社2002年)というドイツ音楽留学体験記を通して、今さら日本の教育の在り方に心を痛めざるを得なかった。

ドイツの学校に、夏休みの宿題というものがない。ドイツ人に、夏休みのドリル、絵日記、工作、読書感想文、自由研究など、そう、それはものすごい量の日本の小学生の宿題の話をしたら、「えー、夏休みに宿題があるの? それもそんなにたくさん?」と驚かれてしまった。宿題がないゆえに、ドイツでは、夏休みというのは、学年が終って一区切りついた時にやってくる休みであるから、子供たちは精神的にリラックスして思い切り自分のしたいことができる。それに対して、日本では、リラックスできそうな、中学卒業後の夏休みでさえ、これから入学する高校から宿題が出されたりする。日本の学校も、子供が勉強以外にも、これと思ったことにとことん打ち込める「ゆとり」を、私たち大人は提供してあげてもいいのではないか。勉強の能率が上がらない暑さの中で、夏休みの宿題はどれほど意味があるのか。この二つの国の、夏休みの子供たちの姿を比べて、私は深く考えさせられたのである。五〇歳の会社員である友人から、こんな話を聞いた。「あれは六〇年代半ば、ドイツが非常な経済成長を遂げ、一段落した頃でした。私はその頃、実技学校に通っていたのですが、夏休みが始まる前に、急に校長先生のお話があるというので、体育館に集められたんです。朝礼というのはドイツではまれですからね。みんな何事かと思ったのです。そしたら、校長先生が言ったんです。『皆さん、夏休みは、休むためにあるのです。どうぞ、夏休みに勉強などはしないでください。きちんと休んでください』と」。これを聞いた私は、天と地とがひっくり返ったようにびっくりした。私は今回、イタリアまで走っている列車に乗って旅をした。そしてその折、どんな山奥に行っても、山歩きを楽しんでいる親子の姿があるのを見て、こちらでは一番素敵な季節である夏を存分に楽しむために夏休みがあるんだと実感した。夏休みは、この一番いい季節の思い出作りの時間といえるだろう。

生涯を振り返って一番印象に残るのが、家族で一緒に過ごした時だと云われる。夏休みに勉強するのも良いが、思い出作りはさらに大切である。へブル書は、ノアについて「その家族を救うために箱舟を造り」(11:7)と語る。ノアは家族の救いのために皆で一緒に思い出作りをしたのだと言えよう。愛する者との思い出作りこそ、このすさんだ時代、何よりも大切な救いの手段である。