石叫■           「大隊長、独断停戦す」

 文芸春秋(2008年季刊夏号)に載っていたものだ。
田辺新之(しんじ)大隊長の信念が日中間の伝説にもなるような平和をもたらしたのだった。

 「昭和十九年の秋、といえば、グアム、テニアンが陥ち米軍がレイテに上陸していた戦況
である。しかし、中国では戦勢が好況を示していて、第七十師団にしても、作戦ごとに大きな
戦果をあげて、将兵の意気も高かった。田辺大隊長は、赴任の直後、それらの大隊の将兵を
広場に集めて短い訓示をした。ところが、それは全く彼らの意表を衝く内容だったのである。
大隊長はこういった。『命を得て、本大隊の指揮を田辺がとることになった。諸子が勇壮な
将兵であることはよく知っている。それについては何もいうところはない。

ただ、ひとことだけ大隊長としての所見を述べると、諸子らには気の毒だが、この戦争は必ず
日本がまける。諸子らの抱く必勝の信念に水を差す訳ではないが、戦争は間違いなくまける。
従って今後におけるわが大隊の方針は、戦争にまけた場合にどうなるのかを目標として研究し
行動することになる。みなよく大隊長の意を体して協力していただきたい』。

この時点に、このような訓示を与えた指揮官は、日本陸軍を通じて、彼のほかにはいなかったろう。
内心、敗戦の危惧を抱いていても公言する者は絶対にいない。
しかし、田辺中佐は公言した。幹部将校を集め、なぜ日本が負けるかについての軍事、政治、
経済各方面における該博な知識と見通しの下に、明白にその結論を提示し、完全に部下を圧服
したのだった。彼は対米戦を考える時、地元住民と相互の交流をし、駐屯地の住民の協力を得る
ことだと信じて、友好関係を結び、経済活動を任せ、町に祭礼がある時には、部下を率いて廟へ
赴き、中国人と同様に廟前にひれ伏し、礼を行った。日中両軍が力を合わせて民衆のために
働いたのである。治安とは何か? それは先ず経済工作であり、併せて民心への善を尽くすこと
である、というのが大隊長の信念であり、それを実践した。駐留間、田辺大隊は一度の戦火を
交えることもなく、一発の弾丸も撃たず、従って一名の負傷者も出さなかった」。

主イエスは人類平和への信念があればこそ、自分の身をもって、「敵を愛し、迫害する者の
ために祈れ」(マタイ5:44)と叫ばれたのである。

田辺中佐の該博な知識と見通しが日中間に平和をもたらしたとすれば、ましてや神の知恵と知識と
すべてを見通す主イエスのみ言葉は他と比べるべくもなく力強く働くはずではないか。

今求められるは田辺中佐のように確信をもって語る人である。