石叫■          「賀川豊彦」その三

今週も賀川豊彦の生涯のテーマである「神の国」についてコメントしたい。

第一コリント書に「出来るだけ多くの人を得るために、自ら進んですべての人のように
なった。ユダヤ人にはユダヤ人のように」(九・十九)とある。宣教するためには、
その人の背後にある文化背景に生きる必要があるというのだ。それでなければ決して人々の
心を捕らえることは出来ないし、伝道は出来ない。

賀川は中国と戦争が始まった時でも終始、「ただ日本を愛し、中国をも愛していた」人物
だったので、絶えず日本軍に追われていた蒋介石をして、「日本に賀川がいる限り、日本を
憎むことは出来ない」とまで言わせた。それゆえ戦後、一銭も日本に賠償請求を
しなかったし、むしろ、「日本人を辱める者を厳罰に処す」とさえ言ってくれたのだ。
賀川のように自分を愛し、自分の民を愛する者にしてはじめて、隣人をも心から愛することが
出来るというものである。

だから、誰も日本の歴史や文化背景を決して卑下してはいけない。
そういうものがあって初めて今のお互いが存在しているのだから。それらを否定する
ということは自分をも否定してしまうことになる。むしろそれらは敬愛と尊厳をもって
対処すべきではなかろうか。しかも峻厳な判断と反省とをもって!

フランス人はフランス革命を誇りとし、イギリス人は大憲章(マグナ・カルタ)をもって
世界の冠とする。日本人の誇りもやはり明治維新という建国である。わが日系人の誇りは
二世部隊による真のアメリカ人としての血の証しである。それによって希望にみちた
日系社会を造るためであった。そう、私たちを一つにするのは、建国に関わっているという
確信である。神の国においてしかりである。お互いがその建国に関わっているという信仰が
何よりも肝要である。

そして私たちの最高の誇りは「神の国」の王たる主イエス・キリストである。
そこは民族を越え、文化を越え、時空を超えた世界である。そこはお互いの違いを心から
認め合う世界なのである。現在の私たちは実にグローバルな「神の国」の住民であり、
その中でも素晴らしい日本の文化背景をもった信仰者の群れである。
そこで救われたことを感謝し、愛する者を救いに導くのが「神の国」の建国だからだ。
その精神を鼓舞したのが賀川であり、これは実に卓見である。

 「教会を強めてください。日本を救ってください。世界の平和を来たらせてください」
との叫びが賀川の枕頭の言葉であった。彼の叫んだ「神の国」すでに来ている。
否、「実にあなたのただ中にあるのだ「(ルカ17:21)。(完)