石叫■            「第五福竜丸」

 4月30日付の『羅府新報』に詩人アーサー・ビナードによる「第五福竜丸」の記事が載った。
この数奇な船に関しては、私が小学校三年生頃に八戸市でこの映画を見たことがある。確か宇野重吉が無線長の久保山愛吉役をしていた。その記事でアーサーは久保山さんを「20世紀の英雄の一人」と
賞賛する。

「1954年3月1日、太平洋のビキニ環礁で米国防衛省が水爆実験。公海で操業していた静岡県
焼津港を母港とする遠洋マグロ漁船『第五福竜丸』の乗組員23人が被爆し13日後、焼津に帰港。
無線長の久保山愛吉さんが同年9月23日に死亡した。アメリカでは、この事件はほとんど紹介
されない。アメリカ人が日本に来て初めて知る自国の歴史です」とビナードさんは語る。この説明に
疑問も持ったという。「第五福竜丸は、軍事機密に遭遇してしまったので、米軍に狙われて撃沈されるはずです。ところが、生還した。一体どうやって日本に帰れたのか」。久保山さんは戦争中の経験から、米軍に傍受されないように、無線を打たなかった。「冷静で、優れた観察力と判断力に基づいて行動した彼は、軍事大国に勝利した。20世紀の英雄の一人です。久保山さんを被害者、犠牲者と小さくとらえるのは歴史の歪曲で、戦争でボロもうけする人たちの思うつぼです」。久保山さんは「死の灰」を持ち帰り、体験を証言した。「核兵器を使えば人類は破滅する。核をなくす以外に生きる道はない。このことに人々が気づくきっかけをつくったのは、乗組員の23人です」と話す。

この記事でショックだったのは、公海上で操業している漁船に軍事機密が洩れてしまったというので、その船を撃沈するという大国のエゴだった。第五福竜丸が水爆実験の情報を知らなかったから、
その海域に入った訳で、迷い込んだ船を助けるこそすれ、逆に無きものにするというのは許せない。
それにしても第五福竜丸はよくもその危機状況から無事帰ってきたものだ。命を狙われる危険を感じていたからなのだが、アメリカは日本に圧力をかけても封じたかった一大事件でもあっただろう。
戦後のあらゆる情報・マスコミがアメリカの思うように喧伝されてきた日本にとって、これは溜飲を
下げる一コマである。

「天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は滅びることがない」(マタイ24:35)とある。やがてこの世界に滅亡がやって来る。人類の知恵が人類を滅ぼしてゆく。でもそんな時、人には決して知ることのない神にのみ通じる無線がある。祈りである。そこが人類を破滅から救う唯一の安全な
港である。