石叫■            「ブロック経済」

 私にとって在米日系史で興味あるのは、なぜ日本人移民が迫害されたかという課題である。ところが様々な要因の中でも、日本とアメリカとは全く関係ないと思われる満州国がその直接の原因となっているということが見えてくる。以下、渡部昇一氏の「日本とシナ」(PHP・2006年)の概略を引用する。

 世界恐慌が1929年に始まる。今から丁度80年前のことである。その大きな要因となったものがアメリカの「ホーリー・スムート法」だ。これはスムート、ホーリー両上院議員が議会に提出した高関税法案で、一番高い税率は800%、対象は千品目に上った。アメリカ経済を守るためにはこれしかなかった。ブロック経済の始まりである。いわゆる保護貿易である。これが出された年にニューヨーク株式市場で大暴落が起こった。この翌年に世界の貿易量はほぼ半分に落ち込んでいる。1932年にはオタワでイギリス帝国議会が開かれ、イギリス本国とイギリス植民地とのあいだで特恵関税圏が発生した。英帝国中心経済ブロックの始まりである。ソ連ブロックしかり。世界の購買力の大半は日本に対して封鎖の状態になろうとしていた。その頃、日本でも石橋湛山などはブロック経済が進むと戦争になるという趣旨のことを書き、それがもとで戦後公職追放になった。アメリカやイギリスの一番痛いところを突いたからであろう。このブロック経済が日本に与えた影響には非常に深刻なものがあった。工業原料の大部分を輸入に仰ぎ、生産の30%以上を輸出していた日本は大きな打撃を受けた。日露戦争後六回にわたって「シナの解放」を日本に求めたアメリカ自身が、日本に対して米大陸の門戸を閉鎖したのである。もっとも外相小村寿太郎はアメリカの要求に断固反対したために、その見返りに在米日系人迫害が始まった。だが日本の生きる道は大陸しかなかった。しかもそれをもするなという「ハル・ノート」を受けるに及んで、アメリカとの戦争は避けられないものとなった。戦後、はからずもマッカーサー元帥はアメリカ上院軍事委員会で言った、「このたびの戦争は日本の安全のために起こった事だ」と。

 パウロは「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい」(ローマ12:15)

と命じるが、どの国でも政経が関わるとどうしても自国を守るために壁を設けてしまう。だからこのみ言葉を実践するには国境線を越える必要がある。それが実は教会である。天国では黙示録にあるように言語、民族を超えて神を賛美している。そのひな形である私達の教会こそ、共に泣き共に喜ぶ場でなければ!