石叫■            「賢者とは」

 渡辺昇一・岡崎久彦共著の「賢者は歴史に学ぶ」という本からの引用だ。

日本は日露戦争に勝ったとはいえ、ロシアの脅威がなくなったわけではない。そこで井上馨が、アメリカを満州経営に引き込むことでロシアの南下を牽制しようとした。これは素晴らしい判断でした。これがもし実現していれば、日本はわざわざ満州事変なんて起こさずに済んだわけです。満州事変を起こそうとしたのは、北方に位置するロシアの圧力と中国人による執拗な反日運動のためでした。満州経営にアメリカが参加し、さらに中国も参加させていたら話は違いました。ロシアが南下しようと思えば、それは日本と同時にアメリカに対決することになる。いかにロシアとても、そういう危険は冒さなかったでしょう。

さらに大きなこととしては、ハリマン提案(アメリカの満州共同経営)を受け入れていれば、アメリカの排日・反日運動も収まったはずだということです。というのも、ひじょうに重要な事件がハリマン提案を拒絶した二ヶ月後(一九〇五年)に起こります。カリフォルニア州議会が、日本人移民の制限決議を行ったのです。以前にも日本人移民に対する反発はありました。しかし、議会の議決というオフィシャルな形で排日が現れるのは、これが最初でした。

これは「日本はアメリカ人を中国大陸から締め出す気である」ということになって当然です。実際、日本人移民に対する制限には、その報復的な意味合いがひじょうに強い。この後、アメリカの反日・排日ムードは強まる一方で、一九二四年には、ついに連邦議会で「絶対的排日移民法」が成立することになりました。またアメリカ政府内に日本警戒論が台頭してくるのも、これが契機でしょう。アメリカはハリマン提案拒絶の翌年に対日作戦計画「オレンジ・プラン」を策定します。これが後々の日米戦争に繋がってゆくことになりました。

 確かに多くの血を流してロシアに勝ち、満州経営権を手にした以上、それをアメリカにもおすそ分けするのは、合点がいかない。でも、井上馨は将来の日本の行く末をみていたのだった。岡崎氏は、それを「まさに卓見です」という。

「神の恵みによって、わたしは今日あるを得ているのである」(Tコリント一五・一〇)とある。日本は日露戦争の時のアメリカの莫大な援助を忘れていた。同様に私たちは、今までの歩みが全て神に支えられてきたという事実を忘れてはなるまい。その恵みを絶えず数えてゆく時、回りが見え、お互いの将来が見えてくるというものである。それが賢者というものではあるまいか。