石叫■             「信仰の鉄路」

一八五九年、アメリカ合衆国では東部の鉄道網がミズーリ川を越えてネブラスカ州オマハまで到達していた。西部開拓が進む中、この鉄道を西海岸までの延伸を求める声が高まり、大陸横断鉄道の建設が推進された。同法の制定はリンカーン大統領の業績の一つでもある。この建設には南北戦争で分離主義の動きが高まる中、アメリカ合衆国を連邦として統合するという側面もあった。

東からは、ユニオンパシフィック鉄道がオマハを起点に建設を始めた。労働者の多くはアイルランド人移民、南北戦争時の退役軍人やモルモン教徒などであった。西からは、セントラルパシフィック鉄道がサクラメントを起点に建設を始めた。工事は当初、順調に進んだが、シエラネバダ山脈にさしかかると難航した。工事には中国人を中心とする移民を労働者として大量に雇い入れた。当時、彼らはカリフォルニアの金鉱山やクリーニング業、コックなどに従事していたが、体力が弱いため肉体労働に従事させられないという偏見があった。これが偏見だとわかると一斉にかき集められたのだった。着工から年後、ユニオンパシフィック鉄道は 一〇八七マイル、セントラルパシフィック鉄道は 六九〇マイルの線路を敷設し、ついにユタ準州のプロモントリー・サミットで接続された。一八六九年五月十日、開通記念式典が開催され、開通を象徴する黄金のゴールデンスパイクが打ち込まれた。これよってニューヨークからサンフランシスコまで83時間39分という記録を作った。この鉄道を一八七二年に第二回目の日本使節団、岩倉具視ら一行が横断している。岩倉たちは一体どのような感慨をもってこの旅をしたのであろうか。この鉄道が完成するためには、多くの中国人が動員され、「一本一本の枕木の下には中国人の骨が埋められている」と言われるほどの莫大な犠牲者を出して完成したという事実を。

「主は、わたしたちのためにいのちを捨てて下さった。それによって、わたしたちは愛ということを知った」とある。でもその後が、すさまじい、「それゆえに、わたしたちもまた、兄弟のためにいのちを捨てるべきである」(第一ヨハネ三・一六)とある。主に従うというのは半端ではない。それは全く神に従うということなのだ。でも、それはロボットになるのではない。従順が信じる者にとっては天上の喜びだからである。今、私たちは十字架で流された主イエスの犠牲という線路上を歩んでいる。日々の信仰生活が、主に従順であるか否かはあなたが嬉々としているかどうかで決まる。果たして今のあなたはどうか?