石叫■       「真珠湾攻撃隊長の心を変えた二人」

 月刊「現代」一月号の真珠湾攻撃総隊長、淵田大佐の自叙伝をご紹介しよう。

 戦後、故郷の奈良県で農業を営んでいた淵田は、東京裁判の証人としてGHQから始終呼び出しを受けていた。
そんなある日「事件」が起こった。裁判で反論するためにアメリカによる捕虜虐待の証拠を収集していた時に、
ユタ州の捕虜収容所からの一団が意外な事実を語り始めた。それはマーガレット・コヴェルという二十歳の女性の物語であった。
彼女の両親は宣教師として横浜のミッション・スクール関東学院の宗教主任を務めたことがあった。
それが戦争中、フィリッピンでスパイ容疑により日本兵に首をはねられてしまった。
二人は処刑の直前まで懸命に神に祈りをささげていたという。

両親の帰国を待っていたマーガレットは、この話を聞いて悲しみと怒りに打ちひしがれる。
しかしやがて憎いと思う日本人に対してこそ、両親の志を継いでキリスト教を伝えるべきだと悟るようになり、
日本人傷病兵たちの看護に尽くすことにした。この話が淵田の心を揺さぶったのだった。

自分は復讐心で凝り固まっているのに、なぜこの女性は敵を愛せたのかという疑問が彼の心を捕らえて離さなかった。

まもなく淵田の身の上にその人生を決定するもう一つの奇跡が起こった。東京・渋谷のハチ公前広場の出来事である。
昭和二十四年暮れの混雑の中で、一人のアメリカ人が、通りがかりの人々に小冊子を配っていた。
淵田にもそれが手渡された、その表紙には「私は日本の捕虜だった」と記されていた。
それは東京初空襲のドウーリトル爆撃隊のジェイコブ・ディシェイザーの自叙伝であった。
彼は東京空襲の後、中国に不時着して捕虜となり、日本軍によって同僚は処刑されたのだが、どういう訳か彼は無期懲役となった。
戦後、無事生還を果した彼は宣教師となり、憎しみを断ち切り、平和を訴えるために、それまでの仇敵日本にやってきて
キリストの教えを説いていたのであった。

淵田はマーガレットやディシェイザーの信仰体験を知るにつけ、自分も一度聖書というものを読んでみたいと思うようになった。
読み進んでいた時、彼の心に一瞬閃いたものがあった、それが「父よ、彼らを赦したまえ、その為すところを知らざればなり」(ルカ23章)
というキリストの祈りであった。その時に、あのコヴェル宣教師が死の直前に何を祈ったかが分かったのだった。

キリストの十字架での祈りを祈った両親の叫びが、マーガレットの心を打ち、そして彼女の心をキリストの愛に変えたのだと……。

淵田が入信した瞬間であった。