石叫■           「希望をもたらす教会」

 八月の「飢餓対策ニュース」の巻頭言は私たちの使命の再確認の時であっだ。

「僕の夢はウガンダの大統領になることです」。五月に来日した十八名のウガンダ・ワトト聖歌隊のメンバーによる自己紹介に、
コンサートの会場が大きく沸きました。メンバーは八歳から十四歳までのエイズ孤児の子どもたちです。
ウガンダの首都カンパラにある教会が彼らに手を差し伸べ、ワトト(スワヒリ語で「子どもたち」の意)村を建設。
地域の方々が彼らのお父さんやお母さんとなり、共に暮らす子どもたちはお互いが兄弟姉妹となって、現在1600人の子どもたちが
家族として育てられています。当機構は以前からそのカンパラの教会とつながりがあったことから、今回、大阪、名古屋でも
公演の受け入れ窓口となりました。一人一人には日本では考えられないようなストーリーがあります。

「一日中食べ物を探して土の中を堀り続けていた」少年、「薄暗い家の中で一人ぼっちで暮らし、口にするものは埃だけだった」少女。
「小さいころから体が弱く、周りから親と同じようにエイズに冒されているのではないかと言われ、恐怖と戦い続けていた」男の子。
みんな、希望という言葉さえ口にすることも出来なかった子どもたちです。

そんな子どもが今はウガンダのリーダーになると公言しているのです。
絶望から希望を見いだすことができたワトトの子どもたちを見て、名古屋の一人の牧師が、「どうやったら、あのような
セルフ・イメージの高い子どもを育てることが出来るのだろう」と驚きを込めておっしゃっておられました。
自分が住む社会にいる最も困っている人々に手を差し伸べることを決心し、その子どもたちを将来のリーダーとして育てあげてゆく
という大きなビジョンが、このウガンダの教会にはあるのです。

彼らは、やがて社会の最も弱い立場にある人に手を差し伸べるにちがいありません。

「わたしたちは…患難をも喜んでいる。なぜなら、患難は忍耐を生み出し、 忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出すことを、
知っているからである。そして、希望は失望に終ることはない。
なぜなら、わたしたちに賜わっている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからである。」(ローマ五章)とパウロは語る。

ウガンダの子どもたちがエイズの恐怖と飢餓との闘い中で生き続けて来られた要因は、教会を通して与えられた神の愛であった。
それが彼らの希望であった。どんなに絶望の中にあっても、教会こそは世の希望の光でなくてはならない。

教会であるお互いは、その使命を忘れてはいけない。