石叫■         「アルツハイマーの妻」

六月十九日付けのラフ新報にアルツハイマー病の女性の記事が載っていた。
三重県出身の筒井完一郎・和子夫妻(夫婦共七十九歳)の件だ。結婚五十四年になる。
一人息子の住んでいるラグナニゲルに住んでいる。その和子さんに六年前から次のような症状が出るようになった。
▽どこに物を置いたか分からない▽水は出しっぱなし▽食事をしたことを忘れる▽物事が億劫になった。
でも比較的初期段階で大きな変化はない。

常に百点だった奥さんに温厚で知られた夫はいらだつ。このままだとあかん。どうしたら昔のように戻れるのか。

ある日、朝の食事を終えた和子さん、また台所で食事の準備を始めた。「またや!」。
でもご主人、妻が一生懸命に作っている姿を見て、その瞬間、自分がどれだけ浅はかだったのかが分かった。
「健常者が百点だったとしたら、妻には五十点しかない。でもその残された五十を精一杯生きている。
昔のままの価値判断だったらいかん。今は五十点、でもそれが満点だ。それで十分ですわ」と考えることが出来た。 

肩の力がスーと抜けた。以来、奥さんが朝食を二度作っても優しく、明るく、そして自然に対処できるようになった。
笑顔あふれる愛の夫婦に戻った。筒井さんは、「本人、勝手に好き好んで何度も同じ質問をしているわけやない。
だから相手を叱ったり、怒ってはいけない。残された能力を使って懸命に生きとるんです。
われわれが応援してやらんといかんのです」。ふしぎにもご主人が優しくなると、奥さんも穏やかになったという。
「人生は鏡と同じですわ。すべては自分から。五分前のことを覚えていない妻は、今を生きとるんです。

五十点満点でええやないの」。


アブラハムが自分の子イサクを神に捧げよと命じられた時、刃物を執って殺そうとした。
その時に神は、「あなたが神を恐れる者であることをわたしは今知った」(創世記二二章)と言われた。
神はイサクの血を欲しくて捧げよと言ったのではなく、その時点でのアブラハムの信仰を知るために試みたのだった。
過去のきらめくようなアブラハムの信仰はどうあれ、彼の今の信仰を知りたかったのだ。
今この現在、たとえ五十点であっても最善を尽くして生きているかどうかを神は知りたいからである。
信仰は現在を生きることだからである。だから、愛する者の「今」こそ、優しく見守ってあげようではないか。

一生懸命生きているその人にとって、それが満点なのだから。