石叫■          「失われた十部族」

イスラエルの歴史を振りかえる時、北部に住んでいた十部族がアッシリアによって離散させられ、
それ以来、行方が分からないという現実がある。

ダビデはイスラエル王国を真に立ち上げた人物であるが、彼の子ソロモンの時代に神の裁きを招き、王国は二分する。
さらにそれは紀元前七二二年にアッシリアの侵攻となって現れ、北王国の十部族は離散する。
それから三百年後の紀元前五八六年にバビロンの王ネブカデネザルが南王国エルサレムに攻め入り、
住民は捕虜となり、これが七十年間のバビロン捕囚となる。

その後、ペルシャを治めるクロス王と、メディアを治めるダリヨス王が同盟を結んでバビロンを攻め、一夜にして陥落させる。
その後、クロス王はゼルバベルというエホヤキン王の孫にあたる人物を総督に任じ、イスラエルに帰還させた。
その途次、彼らはユーフラテス川流域に住んでいたかつての北王国イスラエルの捕囚者たちの住む地を通ったのだが、
その時に一緒に帰国を望む者がいたであろう。このコメントはハーレイの「聖書ハンドブック」にあったのものだが、
失われた十部族の問題に対して光を投げかけるものだ。

というのも、エズラ二章には帰還した者たちが合わせて四万二千三百六十人とあるが、実はそこで詳細に記された数の
合計はその数に一万一千人足りない。つまりその少なからぬ人々が帰還したという意味なのであろう。
でも、アッシリアの捕囚人数は北王国の一部でしかない。大多数は残ったのだ。エズラ六章には神殿の奉献式が行われているが、
「イスラエルの部族の数に従って雄やぎ十二頭をささげ」とある。北の十部族は健在だったのである。

真のイスラエル人は決してエルサレムを忘れないという。それは紀元七十年に国を失ってからほぼ二千年もの間、
世界各地を放浪しなくてはならなかったユダヤ人が、一九四八年にイスラエルを再興したことでも分かるように、
彼らの祖国を思う思いは尋常ではない。でも考えてもみよ、日本人のアメリカ移住で、二世や三世は日本に帰ったであろうか。
もちろん状況は違うが、バビロンに捕囚となったユダヤ人たちは帰ったのだ。王たるべきゼルバベルが帰るのだ。
それにかつての北王国の人々も同行したというのもうなずける。

それと同じように、王なるイエスが十字架に死んで後、天に上られた。
その主は今も私たちの手を引くかのように「帰って来い」と叫んでおられるのである。

その主イエスにあなたも同行してはみないか?