石叫■            「石叫出版」

先週、昨年九月のオレンジ郡教会創立三十周年記念に出版予定であった週報の撰集である「石叫」の最終校正を終えて、
出版社に原稿を提出した。このタイトルは『ヨセミテ牧師「石叫」三六六日』とした。
これまで二十七年間の月報や週報三六六回分を取り上げて月ごとにまとめ上げたものである。 

これは昨年の教会創立記念日に出版予定であったのだが、大幅に遅れてしまった。編集・校正に膨大な時間がかかってしまったからだ。
こんなにも時間を要するものだとは、知るよしもなかった。そのためにもう暗記するほどに読み返し、何人もの方々に校正をお願いしたのだが、
それでもやればやるほど校正箇所が出て来るものである。
それに文章を僕自身が納得するまでよく書き変えるので、なおさら時間がかかってしまったという訳だ。
確か、ヘミング・ウェイだと思ったが、出だしの文が気に食わなくて、それだけで何十回も書き換えたという話がある。

 本来、週報の中にメッセージとして書かれた「石叫」は、牧師が説教の中で用いた例話や教会内外のさまざまな出来事を中心に書いたものである。
だから内容としては教会関係者の方々に読みやすいように配慮して書かれてきたものであるが、教会外の方々ももちろん念頭にあった。
だからむしろクリスチャンでない方々に読んでもらいたいと願っている。

 さて校正の件であるが、日本語の場合、句読点の基準が明確ではない。例えば、聖書の口語訳と新改訳とでは、その用い方がぜんぜん違うのである。
さらには漢字の用い方、振り仮名、スペースの取り方、数字の用い方、それも一様ではない。出版する分野、例えば恋愛小説とサイエンスとでは
書き方がまたガラリと違うのである。とどのつまり自分のスタイルで書かざるを得ないということになる。今このように実際に出版するまで、
それらの事を知らなかったのだが、それが校正に時間のかかる要因でもあった。

 パウロは「主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはない」と第一コリント一五章五八節に励ましているように、
これを手にする人々の心に主イエスへの愛が増し加えられたり、あるいは励ましになったら、出版したかいがあったというものである。

なお。この「石叫」は五百部限定とし、収益金は教会の一般会計のサポートに回したいと願っている。お祈りに覚えて下されば幸いである。