石叫■           「自分らしく」

 これは徳岡邦夫という日本料理のトップに上りつめた料理人の確信だ。

2005年にスペインで開かれた国際的な食のイベントに日本代表として参加して以来、ヨーロッパでも私の料理は
「日本料理の革新派」と称されるようになった。現在のボーダーレスな状況の中で、日本料理とフレンチ、イタリアンの融合という概念は
さほど意味がなくなっている。目の前にいる人をいかに喜ばせることができるか。そのためにどうするかを考えることが重要であり、
料理の本質だと思っている。料理法や技法はそのための手段であり、方法論に過ぎない。私は突然この世界に出現したのではない。
「吉兆」の創業者である祖父の湯木貞一がいて、私の両親がいて、その中で培われてきたものが、私の中にも脈々と流れているのである。
私の中のある部分が古い細胞で、ある部分が新しい細胞であるなどということは決してありえない。
私は料理の道を志した時、「やるからには世界一になりたい」と考えた。修行時代にはなるべく湯木貞一の側にいて、
あらゆることを吸収しようとした。祖父でありながら料理人として尊敬していた湯木貞一になりたかったのだ。

だが、ある日、私はどんなに頑張っても湯木貞一にはなれないことに気がついた。
何故なら私は徳岡邦夫であり、時代も環境もお客様の嗜好も同じではない。だとしたら、今の環境の中で自分ができることを自分らしく
やるしかないということに気がついたのだ。日本料理の伝統を守るということは、決して旧来の「格式のある料亭」のイメージを
踏襲することではない。いかにお客様のことを考え、そのために何を考え、何を為すかである。
今ではそれこそが日本料理の神髄であると確信している。

パウロは、「わたしにならう者となってほしい」(ピリピ2:17)と言う。
そういう彼のゴールも、キリストご自身、「わたしに従って来る者は…命の光をもつであろう」(ヨハネ8:12)と語っておられているように、
主イエスであった。パウロの教えを通してキリストに倣って欲しかったのだ。

彼はさらに「わたしたちは神の作品である」(エペソ2:10)と言うように、お互いは神のみ手によって造られた、
世界に一人しか存在しない愛の対象であると言う。だから自分らしく、与えられたこの命を活かし、隣人に何を為すか、何ができるかを考えながら
キリストを表し、あなたにしか出せない腕利きの料理人のように、キリストを味わってもらおうではないか。