石叫■          信仰をがんばりや」 
  

昨年末に卒寿で召された岡田喜久姉は、とっても素敵な笑顔の人であった。
だから訪問の度ごとに私はその笑顔で元気にさせられたものである。

喜久さんは長女の節子さんが踊りを始めて以来、ずっと彼女を励ましてきた。
昨年の十一月に喜久さんは「後二週間の命です」と言われたが、それから十二月の末に召されるまで節子さんに
心の準備を与えてくれた。その間、毎日欠かさずリンカーン敬老ホームのお母さんを訪問した。節子さんにとってお母さんは、
「すべて」であった。だからお母さんに誉めてもらうために生きてきたし、お母さんのために踊ってきたのだった。
成人してからでもお母さんに泣きついたが、その都度励まされてきた。お母さんの手を取って泣いていたら、
「何言うてんの、がんばりや」と言ってくれた。実はそれが最後の言葉となった。
そんなお母さんのように明るく前向きに生きたい。そして自分も天国を目指して生きたいと
節子さんは涙ながらに言われたのであった。

喜久さんは一九九四年のイースターに洗礼を受けている。二年ほど前に敬老ホームに入るまで、
毎週欠かさずに礼拝を守って来られた。聖書日課も毎日忠実に欠かさずにやって来られた。
忠実という言葉がぴったりの人だった。

彼女の愛唱歌は「主のまことは荒磯の巌」だった。いつもこれを四番まで歌ってから寝たという。大波が押し寄せてきても、
主イエスの真実は荒磯(ありそ)の巌のように毅然として立ち続けている。彼女はこれまでの自分を振り返って見る時に、
荒磯の巌のように変わらずに愛し続け、限りなく赦し続けてきて下さった神に信頼する大切さを教えられてきたのであろう。

ルカ十六章に召された者は地上で生きる者たちが真の神を信じて天に凱旋することを願っているという教えがある。
その叫びは永遠の命を得よという事だ。それを遂行することが先祖を敬うことであり、喜久姉の叫びであった。 

私たちは、いったい誰のために人生という晴れ舞台で自分の舞いを踊るのかというと、愛する者のためである。
喜久さんの見てもらうお方は主イエスであり、このお方が「すべて」であった。彼女のために命をも懸けて愛して下さった主に
その命を預けて生きてきた。「私は主イエス様に見てもらうために人生の舞台を踊ってきたんや。だから、あんたも信仰をがんばりや」
と言わんばかりに信仰の世界を一生懸命に走ってきたのだった。

喜久さんのこぼれるような笑顔の秘訣は、主に委ねている所にあったのだと、今にして思う。