石叫■            「聖書日課」

 今年の一月からは第二回目の聖書日課に入りました。これまで忠実に聖書日課をやって
来られた方は旧訳聖書全体はもちろんのこと、新約聖書は五回以上読んでいることになります。
このプロジェクトのために多くの方々が参加されて来られましたし、牧師自身とても励まされて
おります。

この聖書日課を始める前までは、十五年間オレンジ郡聖書学校をしてきました。その学びは
一冊のものにまとめられて、皆様の手もとにあるものと思われます。その後に、この聖書日課が
始められました。その意味において、この聖書日課は、これまでの学びの集大成だと私は考えて
おります。

 クリスチャンとしての信仰維持には、多くの困難を伴いますし、特に自分との闘いが大きいかと
思います。でも聖書と取り組み、聖書に聞くことによって、それらを乗り越えてゆけるのだと
思っております。そして、その鍵は、やはり聖書にどれだけ取り組んでいるかにかかっています。
換言すれば、私たちがどれだけ主との交わりを持っているかに懸かってきます。

 さて、これまでの聖書日課は、牧師が問題を出してきましたが、それはあくまでも自立する
ための一歩でしかありません。聖書を読む喜びはやはり、「愛のおのずから起るときまでは、
ことさらに呼び起すことも、さますこともしないように」(雅歌二章)とあるように、自分から
行動を起すというのが原則です。強いられてするというのは、義務感でしますので、宿題の延長
としか思えないのです。そこには限界があります。それを打破するためには、聖書日課も自分から
進んで、しかも喜んでするということが何よりも大切です。聖書を読み続けるという作業は祈りと
共に生涯続くべきものですから、なおさら自分から進んでやる必要があるます。

そこで新年からは、自分から進んで聖書に取り組むという方法を取りたいと考えております。
つまり自分の方法で神の言葉に取り組むというやり方です。これは五年前にも一度やったことが
ありますが、どうも続きませんでした。ですから、これまで聖書日課をして来られた方でも、
この古き新しい方法では出来ないという方も出てくるとは思います。でも、やはり、これしかない
と考えるようになりました。もう、すでにこれにチャレンジしている方もおりますが、
そこから受ける恵みはやはり大きいのです。「デヴォーションは、これだ!」という方法を
新年から一緒に始めましょう。