「ヨセミテ・ハーフドーム」そのE

そのようにして山頂に着いたのは午後一時をすぎていた。これまで片道八時間かかったことになる。
その時に博美さんの奇しくも叫んだ雄叫び(「雌叫び」という言葉はないので、悪しからず)は、
「わたしゃ嬉しい!」。それを彼女は何度のたもうたことか。何度! 山頂を極めたのは、
博美さんの執念であった。ハーフドームへの夢が、彼女をそこまで導いたのだった。

山頂は幾つかのフットボール場が入るほどのただっぴろい平坦地となっている。そこでランチを食べ、
写真を撮り、僕は昼寝としゃれ込んだのだが、博美さんは興奮覚めやらぬというところか、
一帯を歩き回っては休もうとはしない。そのようにしてそこを辞したのがすでに午後二時を過ぎていた。

帰りも同様にカラビナを引っ掛けて一つ一つのポールに懸けられたケーブルを確実に下りることにした。
後から続くものにとっては何ともじれったい事ではあったろうが、彼女らに文句を言う人は一人もいなかった。
そこに居た者はみな、一つ間違えば命取りになるということを知っていただけに、むしろ彼女たちを見て
安心して降りられたのではなかろうか。

山頂に立ったという満足感が博美さんを終始微笑ませていた。だが、その帰り道の何と長かったことか!
「こんなにも歩いたっけ」と何度口に出したことか。ハッピー・アイル付近になると、もう陽が
沈んでしまって、谷あいから見えるヴァレーの山頂付近だけが夕日に輝いていて、もう足元は
暗くなり始めていた。もうお互いに言葉もなく機械的にただ足を運ぶだけであった。

そこからの車中、まもなくバックシートでは二人ともスヤスヤと心地良い眠りに落ちていた。
そのようにしてキャンプ場に着いたのは夜の九時であった。朝の三時から数えて十八時間の死闘であった。
彼女曰く、「死ぬほど疲れた」と。六十歳半ばでのハーフドームはどれほどの疲労を彼女に
与えたことであろう。確かハーフドームに登頂した最高年齢は七〇歳半ばであったと聞く。
日本人女性としては、これも恐らく博美さんが最高齢かもしれない。

ヤコブは創世記に、「時に彼は夢を見た」(二八章)とあるが、天に通じるはしごの夢を見た人物である。
博美さんもハーフドームの高嶺から天に通じる信仰というはしごを一歩一歩登り詰めることで、
自分の信仰を確かめたかったのではあるまいか。多くの困難を越えて、そこまで彼女を動かしたものは、
天に届く夢から来ている。夢に生きる者こそ幸いである。