「ヨセミテ・ハーフドーム」そのD

しかも僕らが登り始めた頃だった。一人の青年が後ろ向きに降りてくる。
しかもグシュグシュ泣いている。高所恐怖症なのであろうか、下を見てしまったのだろう。
その事が信子さんの心をくじくのではないかと懸念するが、それは取り越し苦労であったようだ。

このケーブルでの登攀は普段だと四〇分から五〇分は要する。それが疲れ切っている彼らには
どれくらい時間がかかることやら。それまでに何せ彼らは八時間近くも歩いているのだから。
でも幸いにもそこは若いグループが入っていて、混雑している。その虚を衝いて登ることにした。

その頃であった。キャンプに同行している娘たちのグループ四人が追い付いてきた。
私たちは朝の三時組で、彼らは朝の六時組だったのだ。若者のグループなので、時間差攻撃という訳だ。
そして彼らは私たちを置いて、さっさと山頂にアタックしていった。

博美さんと信子さんは、お腹に太いバンドを幾重にも巻いて、その先にカラビナという登山用の
フックを付け、それをケーブルに引っ掛けて、万一の滑落に備えて登ることにしていた。
でもそれが僕らを安心させる。そして三メートル毎に立っているポールにたどり着くたび毎に
それを外し直し、それをまた次に続くケーブルに引っ掛け直すという繰り返しで登って行くのだった。
僕と満君とがそれぞれ二人の後に付く。彼らの登攀を助け、万が一に備えるためだ。
その彼女たちの様子を見ていたハイカー達は一様に、「ゆっくりで良いから、時間をかけて安全に
登って下さい」と何度も励ましてくれるのだった。それによって遅れがちな彼女たちは、どれほど
励まされたことであろう。そのようにして一つ一つ高さをかせいでゆく。

その頃だった。僕自身、実は不安なことが起こっていた。それは履き慣れていたシューズの底が
つるつるになっていて、肝心の岩場での足のツッパリが効かず、これまで何度か岩場で滑って
転びそうになったことである。そのシューズで、最後のこれまたつるつるの山頂の花崗岩の岩場を
登り降りしなけばならず、これでは腕の力で登るしかないと思った時に、果たしてこのまま
登り切れるものかどうかと不安になってしまったのだった。恐らく、博美さんたちが居なかったら、
僕はそこで降りていたのかも知れなかった。
それほどケーブルの張られた山腹付近は僕自身の気力をも消耗していた。