◎石叫■           「大統領よりも」

 百年以上も経つ日本ホーリネス教団の歩みの中で、野辺地天馬先生ほど子供たちの救いに
深く関わりを持たれていた牧師はいないであろう。先生の書かれた「日曜百話」の中の
「大統領と聖書」という個所には、ジョージ・ワシントンがどれだけ神を第一として生きたかが
興味深く描かれている。

 今も名所として残されているアメリカ最初の大統領ジョージ・ワシントンの住んだ家に、
一冊の大きな聖書がある。それは彼が後生大事にしていたものであり、大統領になった時も、
その聖書の上に手をおいて、「神よ、お助け下さい」といって、これにキッスをしたものである。
ある日、彼が同行の者と一緒に、いなかのレストランで昼の食事をした時のことだった。
そこに居た幼い一人の子が、そのレストランでお客さんの食事の準備をしているお母さんに向かって、
「聖書を買ってちょうだい」と言い続けるのを聞いた。お母さんはその子に、「明日、大統領は町へ
おいでになるから、見にゆきましょう。おとなしくしないと、連れていってあげないよ」と返答をしていた。
でもその少年は、「大統領は見なくてもいいから、お母さん、ぜひ聖書を買って!」と言い続けたのであった。
それから二、三日して郵便物が届いた。それはその少年へ宛てたものであった。彼はいったい何だろうかと
思いながらその包みを開けると、中からは立派な聖書が出てくるではないか。その聖書の開きに、
「ジョージ・ワシントンより」と書いてある。そこでお母さんが言った、「あらっ、大統領さま・・では、
あの時のお客様は、大統領のワシントンさまだったのか。まあ、お前はなんということを、
大統領なんか見なくても、聖書が欲しいなんて、ほんとに失礼なこと言って・・」とお母さんは
きまり悪そうに言った。けれどもワシントンは、「大統領よりも聖書が欲しい」と言った少年の熱心な願いを
喜んだのであった。聖書は世界で一番尊い書物である。その神さまの言葉ほど私たちに幸福を与えるものはない。

 リビング・バイブルには、「どうしたら物事がよく分かるようになるでしょう。それには、まず神様を信じ、
神様を大切にすることです」(箴言一章)とあるが、この世界で分別ある人間として生きてゆくためには、
人知を超えた神の智恵が必要である。そのように教えられてきたワシントンにとって、その幼子が
「大統領よりも聖書を」と言ったその言葉が、どんなに嬉しかったことであろう。彼のふところの深さの
一端を伺い知るストーリーである。