「少し」

今年のオレンジ郡地区キリスト教諸教会主催の初週祈祷会が十日に開かれた。
今回はオレンジ郡教会で開かれ、昨年六月に赴任して来られたばかりの
オレンジ・コースト・フリーメソジスト教会の平湯晴彦牧師がメッセージをとりついで下さった。
今回はまた今年(つまり今週)、アナハイム教会に赴任したばかりの松平先生や水城ジョン先生ご夫妻も
ご出席下さり、心強い励ましの時となった。平湯先生はルカ五章から以下のようなメッセージをされた。

ある日、群集が主イエスの神の言葉を聞こうとしてガリラヤ湖畔に押し寄せてきた。
そこではシモンと呼ばれたペテロが他の漁師たちと一緒に網を洗っていたのだが、主はシモンに頼んで
岸から少しこぎ出させ、舟から群集に教えることにしたのである。その後で主はペテロに、
「沖へこぎ出し、網をおろして漁をしてみなさい」と言われたのだった。彼はその日、夜通し働いたのに
一匹も獲れなかったのである。でも、「お言葉ですから、網をおろしてみましょう」と言って従ったところ、
網が破れそうになるほどのおびただしい漁があり、これを見てペテロは主の前にひれ伏したのであった。

主イエスは初めからペテロに、沖に出て漁をせよとは言わなかったのである。夜通し働いて
くたくたになっているペテロである。それでも、舟を少しこぎ出すことだったら出来る。
これがイエスの智恵であった。しかも主が舟に一緒に乗って居られるのである。ペテロはその
イエスの後ろ姿にじっと聴き入っていたのだった。その後で主はペテロにこぎ出させたのだった。

でも、なぜ主は疲労困憊の中にあるペテロに沖へ出るように命じているのであろうかというと、
それはさらなる大きな神のみ業を見せたかったからなのだ。でもそのためには、主は何も初めから
大きなことをせよとは言わなかった。少しでいいのだ。くたくたに疲れている中でも出来ることを
主は勧めているのだ。この年、いったいあなたは何を主のために出来るのであろうか。それはいつもより
五分早く起きて礼拝に遅れないようにすることかも知れない。それは愛する者に、一日一言でも
優しい言葉で語りかけることなのかも知れない。そのようにこの年、少しでも主に喜ばれる生き方を
したいものである。この場合のペテロがそうであるように、あなたの舟にも主が共におられることを
忘れてはなるまい。共におられる主は、その少しが出来るように、今もそっとあなたの背を押して
おられるのではありませんか。